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Channel: まりっぺのお気楽読書
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ノルウェー王オーラフ2世妃 アストリッド

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偉大な王の善き妃
オーラフ2世妃 アストリッド・オーロフズダター

生年不詳~1035/在位 1019~1030

アストリッドは、スウェーデン王オーロフ・シュートコヌングの王女ですが
母親は愛妾のエドラという女性でした。
実の兄はエームンド老王、義理の兄弟にアーヌンド・ヤーコブがいます。
       
アストリッドとエームンドは、義理の母エストリッドとうまくいかず
別々に里子に出されました。
アストリッドは、ヴェステルイェートランド地方に送られました。

1016年、ノルウェーとスウェーデンは平和的な関係を築くべきだという合意に至り
お決まりの婚姻関係を結ぼうということになりました。

最初に話し合われたのは、本妻エストリッドとの王女インゲゲルドでしたが
父王オーロフが反対してアストリッドに代わりました。

インゲゲルドは、キエフ大公ヤロスラフ1世の妃になります。
どっちかっていうとそっちの方が重要で、本妻の娘が選ばれちゃったのかもね。

オーラフとエストリッドは、1019年に結婚しました。

代わりにやってきた妃でしたが、アストリッドは美しく明瞭で寛大な女性でした。
義理の息子のマグヌス(後の善王)のことも可愛がり、良い関係を築きました。
自分が受けた辛い思いを、義理の息子にはさせたくなかったのでしょうね。

1030年、アストリッドは、オーラフ2世が反乱軍に殺されて未亡人になると
ノルウェーを去りスウェーデンに帰国します。
スウェーデンは義理の兄弟アーヌンド・ヤーコブの治世中でしたが
アストリッドは宮廷で高位を与えられました。
義理の兄弟とも良い関係を築いていたんですね。

義理の息子マグヌスがストックホルムを訪れて、ノルウェーの王位継承の申し立てをした時は
公式に援助を与えました。
マグヌスの即位は、アストリッドの後押しも大きな助けになっていたかもしれません。

オーラフ2世は、第二の建国者と言われるほど、国力を高めた王だったそうです。
賢王と良妻のベストカップル… なぜ反乱がおきるか不思議ですよね… 中世時代。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

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