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Channel: まりっぺのお気楽読書
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『ハイウェイとゴミ溜め』読んじゃってすみません

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DROWN 
1996年 ジュノ・ディアズ

最近、移民の作家が書いた短篇集をけっこう読んでいまして
どれもそれなりに異国で暮らすことの苦悩や故国に抱く複雑な想いを
ほんの少し、それこそ雀の涙ぐらいは理解できた気でたのですが
この一冊はちょっと苦手…

たしかにつらかったろう… 言葉には言い尽くせない苦労があったでしょう。
それを筆にぶつけて見事に書き上げた才能もすごいと思います。

でも私の頭の中には荒々しさしか残っていないんですよね。
ちゃんとした人が読めば、文章に込められた悲しさが読み取れるのかもしれません。
しかしながら、私は共感して読む前に心が折れてしまいました。

自叙伝的小説だそうで、一人称で書かれている主人公ユニオールが作者自身と思われます。
アメリカに渡るにあたっては父親の奔放ぶりが原因だったようで
そこには同情の余地があるかも… と思っております。

『フィエスタ、1980(Fiesta,1980)』
子供の頃、車に乗せられてパピーのプエルトリコ女の家に連れて行かれた。
兄のラファと一緒の時もあって、何回かはテーブルを一緒に囲んだりした。
ある日、マミーと二人きりの時、マミーは撲を追いつめた。

前半はアメリカに渡って来た親戚の家で開かれたパーティーのことが書かれていますが
なんか教育上よろしくない一家だなぁ… なんて思っていたら後半を読んでどうかと思ったさ!
人柄・下半身ともども荒々しい父親とは対照的に描かれている母親が
せめてもの救いって感じの話でした。

『待ちくたびれて(Aguantando)』
暮らしはそれはそれは貧しくて、マミーは12時間シフトで働いていた。
4歳の時にアメリカに渡っていたパピーのことは、9歳までいないものと思っていた。
パピーからは何度も迎えに行くという手紙が届き、マミーは馬鹿みたいに信じていた。

結局父親は迎えに来たのですが「良かったね!」と言える話なのかどうかわかりません。
貧しい兄弟は、国では制服が買えず汚れていてもからかわれることはなかったそうです。
アメリカの都会っ子が二人をどう受け入れたのかはわかりませんが
後半の荒れっぷりを読むと、故郷と同じではなかったのではないでしょうか?

『ビジネス(Negocios)』
父は浮気が母にばれた後、女とは別れたが一人でアメリカへ発った。
まずはマイアミへ、そしてニューヨークへ。
そこでアメリカの女と結婚し、撲にそっくりな子供もいた。
その後何年もしてからアメリカ妻ニルダに会ったが、父は何年も前に出て行っていた。

最後に収められていたお話しです。
父がニルダの家を出た足で自分たちを迎えに来たと信じたい…というように
締めくくられているのですが、この父親ならどうだかわかんないよね。
でもニルダに会いに行った青年は礼儀正しく接してまして
更正してくれて良かったよ〜、と少しハッピーな気持で読み終えることができました。

年代は前後していますが、収められている順になっています。

全編に漂ういや〜な感じは、乱暴な言葉遣いや下ネタだけが原因じゃないと思うのよね…
結局私が好きなラインの作家じゃないってことですね。
私なんかに読まれた上に、好きじゃないなんて書かれちゃう作家もいい迷惑!

子供時代の話しは、庇護を必要とする子供には残酷すぎるような気がするし
青年時代の荒れっぷりも「移民だから」ってことと関係あるのかどうかしらないけど
読まされてもさぁ… とにかく読んだ私が悪うございました。

『スティーヴンソン怪奇短編集』神を恐れる時代の恐怖物語

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ロバート・スティーヴンソン 

スティーヴンソンと言えば『宝島』『ジキル博士とハイド氏』が有名ですね。
私はどちらも読んだ覚えがないんですけどね。

昔の小説を読んでいると、子供時代に宝島に憧れたエピソードが数多く登場します。
よっぽど広汎に読まれていたことが推測できますね。 ベストセラーですよね。

そんなスティーヴンソンの短篇集です。
やはりすんなり馴染めるジャンルではありませんでした。

7篇のお話しが収載されています。
いくつかご紹介します。

『びんの小鬼(The Bottle Imp)/1891年』
ハワイ生まれのケアーウェは、何でも望みが叶うという小鬼入りの瓶を買い
望み通り故郷に立派な邸宅を構え美しい妻を手に入れました。
ケアーウェが買った瓶は手に入れた時より安価で売らなければなりません。
そして、誰かに売らずに死ねば永遠に地獄の炎に焼かれることになります。

この後ケアーウェには恐ろしいことがおこり、一度手放した瓶を買い戻すのですが
底値で手に入れてしまうのね。 もう売れやしない…どうする?
いい話ではありますが、楽して望みを叶えようとする者への警告とも言える…
元祖『笑うセェルスマン』的なお話しかもしれません。

『宿なし女(The Waif Woman)/1914年』
アイスランドにキリスト教が渡来した年のお話しです。
南国の船がアイスランド沖で進めなくなってしまいました。
その船にはとても豪華な品々を持つソルグンナという女性が乗っていました。
裕福なキールファレルの妻オードはその品々に目が眩み、彼女をわが家に招待します。

この後、死を前にしたソルグンナは次々と呪いの言葉を遺すわけですけど
贅沢品が好きなオードはまったく気にしません。
呪いの言葉とか予言て、どこまで信じるか迷うところですよね。
占いだって風水だって信じだしたらキリがないじゃない?
言う通りにしても宝くじは当たんないだし…

『マーカイム(Markheim)/1885年』
クリスマスの日に行きつけの骨董品屋を訪れたマーカイムは
計画していた通りに店の主人を刺し殺しました。
誰もいないはずの店内を物色していたマーカイムでしたが
見知らぬ男が現れマーカイムにあれこれと話しかけます。

見知らぬ男は罪の意識が創りだした幻想のようなものだと思うのですが
書き方が上手いのか、マーカイムの恐怖心の高まりとともにこちらまでドキドキしてきます。
『イギリス怪奇傑作集』の中にもそういう話がありましたが
できるだけ多くの殺人犯人がこのような思いをしてくれればいいと思うわ。
自首する人も増えましょう。

19世紀後半の信仰心がどれほどのものかはわかりませんが、中世時代ほどではなくても
やはり神を恐れ、迷信に惑わされる時代であったことが伺い知れます。
読者の恐怖心を煽っているのは、大部分が神の罰や地獄への恐れや魔力的な物への恐れです。

それはそれで怖い気もするのだけれど、信仰心がないとあまりピンときませんね。
犯罪が多様化していつ何時巻き込まれるかわからないような現代にくらべれば
素朴なテーマで恐怖物語が書けた時代だったのかもしれません。
それはそれで、ストーリーを広げるのが大変だったかもしれませんけどね。

ひとことK-Popコーナー(ご要望など無いのに新設)
今はSecretというガールズグループのPoisonという曲がものすごく好きで聞きまくってます。
KARAのPandoraもT-ARAのSexy Loveも好調… ガールズもいいんですよん

マリーアントワネット展に行って来ました

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横浜そごうで開催中のマリーアントワネット物語展が終わっちゃう!ってことで
かけこみで見に行ってまいりました。

仕事を終えてからダッシュで行ったのですが、30分ぐらいしか見れなかった
でも会場も小ぶりでしたし、閉館間近で空いていましたので
けっこうじっくりゆっくり見ることができました。

入口から出口に向かって、マリー・アントワネットの輿入れから新婚時代、母親時代
革命、投獄から処刑までみたいな流れになっておりました。

展示してあったのはマリー・アントワネットやルイ16世を中心に関係のあった人々の肖像画と
当時のヴェルサイユ付近の風景画、マリー・アントワネットが使用していた小物
寝室や椅子の絹織物の一部(複製)などなど…
絹織物に施された刺繍は現在のヴェルサイユの展示でも使われているそうで見事でしたよ〜

一区画だけ写真撮影OKのスポットがありました。
それがこちら

  

マリー・アントワネットのドレス(複製)がいくつか展示されていました。
左から普段着、宮廷内のドレス、公の場での正装って感じです。
普段着といってもゴロゴロ寝転がれるラクチンな服じゃないですよね、もちろん。
一度は着てみたいけど、毎日着るのはしんどそうですな。

             

本当は船が乗っかったカツラ(複製)もあったんですけど、上手く撮れなかったので
当時のヘアスタイル画を… 重そう…
でもこれは小ぶりなスタイルみたいです。
船が乗っかったのは目の前で見ると迫力でしたよ。
しかも笑える… ファッションを追求するって大変よね。

首飾り事件のネックレス(複製)もありました。
キレイでしたけどね…
誰も買い手がいないほど高価なネックレスを作っちゃう職人もどうかと思うよ。

最後に処刑場に向かうマリー・アントワネットの画がありました。
派手なドレスで微笑んでいる肖像画より、真っ白いさっぱりしたドレスで上を向いている姿が
凛として美しかったけど、年齢より老けてしまっているのが涙をさそいます。

複製が多かったけど、美しくて高価なものに囲まれたおかげで仕事中のバタバタも忘れ
良い気分になれました。
大々的な展示もいいけど、こじんまりした小規模な展示も落ち着けますね。

1月にはエリーザベト展があるようです。
そちらも行かねば!!

ひとことK-popコーナー
こないだ新大久保に行ったら、2PMが着たお衣装の展示がしてあって撮影OKでした、ってことを
ドレスの部屋で思い出しちゃった…

『リトル・チルドレン』大アメリカの小さな話し

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LITTLE CHILDREN 
1937年 ウィリアム・サローヤン

ウィリアム・サローヤンて私は3冊しか持っていないのですが
けっこう翻訳が出てますね。

アメリカががんがん成長していた時代に、移民の子として過ごした作者の
自伝的短篇集だそうでございます。

少年が主人公のもの、まわりの大人に焦点をあてているもの、様々なお話しがありますが
概ね “ 涙ホロリ ” なお話しのような気がします。

17篇の中から好きだったお話しをご紹介します。

『メキシコ人(The Mexicans)』
ホアン・カブラルは、ある日妻と5人の子供と、脚の悪いいとこと4匹の犬を連れて
おじの畑にやって来ると「仕事をくれ」といいました。
雇わないと言うおじに対しホアンは安い賃金では嫌だと言って一歩も引きません。

結局、メキシコ人「働いてやる」、おじさん「光栄です(嫌味)」ってところに
おさまるんですが、かみあわない会話が読者をニヤッとさせます。
後半、メキシコ人移民と日本人移民の比較論が展開されます。
まぁ “ ジャップ ” て言われちゃってるんだけどねぇ… 昔の話だし…

『農夫の幸せ(The Peasant)』
アルメニアのグルティクという村からやってきたサルキスは
知人のいない異国での孤独を乗り越え、農場を手に入れ、成功し結婚しました。
時は経ち、子供たちは巣立ちし、生活は贅沢と言っても良いほど豊かになりましたが
サルキスは故郷のグルティクが恋しいままでした。

一昔前、アメリカンドリームを手に入れた異国人は、故国では羨ましがられる人でしたよね。
大国の威信は薄れたとは言え、今でもアメリカでヒットしたという物事は
ニュースになるほどです。
それでも貧しさのあまり後にしたという故国が懐かしいという思いが涙を誘います。

『撲は礼儀知らずなんかじゃない
        (Where I Come from People Are Polite)』
ある朝事務所に行くと、簿記係のミセス・ギルプリーが泣いていました。
ミセス・ギルプリーは自ら辞めたのだと言いましたが、会社が給料の安い自分を選び
彼女をクビにしたということがすぐにわかりました。
せっかく得た良い仕事でしたが、ミセス・ギルプリーを犠牲にするわけにはいきません。

仕事に対するアメリカ人のドライぶりが印象に残っている私としては
おとぎ話し、あるいは昔ながらの話としか思えませんが、まぁ、いい話ではあります。
皆自分の生活、家族の生活がかかっていますのでなかなかできることではありませんが
アメリカっぽい、O・ヘンリ的正義感が感じられる話ではありました。

もともと移民の国でありながら、後々やって来る移民には冷たいイメージがあるアメリカ。
そんな国の片隅で新興移民としてやって来た人々の小さな苦労や幸せをちりばめた
心温まるとはいきませんが、心を冷まさない一冊でした。

すごく面白いとは言いませんけど、読んで良かったとは思います。
他の2冊も読まもうと思っていますが、さしあたって増やす予定はありませんけどね…

ひとことK-POPコーナー
今日のBGMはBEASTのナイスミニアルバム Midnight Sunです。
MidnightのPVは韓国語バージョンも日本語バージョンも、どちらも良いですね

ポーランド王ボレスワフ1世妃 ユディタ

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推測ずくしの王妃
ボレスワフ1世妃 ユディタ・ヴェギレリスカ

969〜1030/在位せず

ポーランド公からポーランド王になったボレスワフ1世には4人の妃がいます。
一人目の妃はマイセン辺境伯リクダックの娘ハウニルダ(?)ですが離婚しています。

ユディタは二人目の妃で、985年にまだ公子だったボレスワフと結婚しました。
ハンガリー大公ゲーザとシャルロトの大公女、ということですが
近年では「誰の子かわからんが、とりあえずハンガリーの貴族の娘だったのでは?」 と
唱える学者もいるそうです。

       
この結婚は、 “ たぶん ” ボレスワフ1世の母方の伯父ボヘミア公ボレスラフ2世が
ネゴシエイトしたと言われています。
さてはボレスラフ2世が存在力を示すために、どっかの娘さんを大公女と偽って
嫁がせましたかね?
昔ならバレなかったかも… いや、さすがにバレるか?

二人の間には986年頃にベズプリムという王子が生まれていますが
ユディタは987年に離婚されています。 さてはバレた?
これは “ たぶん ” ポーランドとハンガリーの関係が悪化したからだと言われています。
結婚生活が長ければ、国同士が争っても別れずにいたのかもしれませんが
3年弱じゃね… まだ信頼関係が築かれていなかったのでしょうね。

ボレスワフ1世はすぐにエムニルダ・スウォヴィアンスカと再婚しました。
うって変わって妻を熱愛したボレスワフは、ユディタが生んだ長男ベズプリムに冷たく
継承権もエムニルダが生んだ次男ミェシュコ(2世)に与えてしまいました。
しかもペズプリムは16歳になるとイタリアに送られ、修道士にされてしまいました。
ひどいわね! 母親はどうであれ息子じゃないのさ!!

ユディタはハンガリーには戻らず “ たぶん ” ポーランド内に留まっていて
離婚後しばらくして亡くなったとされています。
なんどけど、1030年頃亡くなった説もあるんですよねぇ…

1031年にはペズプリムがミェシュコ2世を倒して(一瞬)王になっているので
その時まで生きていられれば辛い人生を華やかに終えられたのに…

1000年以上昔の話なのではっきりしないことが多いのもしかたないけど
たぶん、たぶん、って、両親も生没年も定かでないとは
王様の奥方にしては曖昧なことが多いですよね。

王の愛情が少ないお妃は記録も少ないということだろうか?

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
U-KISSは今までちゃんと聞いたことが無かったんだけど、同じ職場のSさんが貸してくれた
ミニアルバム Stop Girl があまりにも良くて、以前の歌を探しまくって聞いている今日このごろです。

ポーランド王ボレスワフ1世妃 エムニルダ

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               どうにもこうにも肖像画が無いので
           オダ・マイシェニエンスカの母方の祖母ヒルデガルディスの画を載せときます

寵愛された王妃でも・・・
ボレスワフ1世妃 エムニルダ・スウォヴィアンスカ

970〜1017/在位 992〜1017

ボレスワフ1世は二人目の妃ユディタ・ヴェギレリスカと離婚するやいなや
ラウジッツ領主ドブロミルの娘エムニルダと再婚しました。
        
ラウジッツとはドイツにある都市でして、確かに神聖ローマ帝国への足がかりには
なりそうですね。

エムニルダはとてもチャーミングな女性だったそうなので
ボレスワフは早くから目をつけていたのかもね!
しかもエムニルダは賢かったらしく、結婚後ボレスワフは妻に頭が上がらなかったらしい…

権勢欲が強かったんでしょうかね?
自分の息子ミェシュコをローマ神聖ローマ皇帝の重臣に加えてもらい
モラヴィアの統治者にしようと猛アピールもしていますし
前妃ユディタが生んだ長男ベズプリムから継承権も奪っています。
ペズプリムがイタリアに飛ばされたのもエムニルダの影響じゃないかと思うんだが…

ミェシュコの他に公子が一人、公女が三人生まれています。
公女のうち一人はマイセン辺境伯妃、一人はキエフ大公妃になりました。

しかし、そんなに溺愛されたエムニルダの没年は不明です。
1016年か1017年に亡くなったと言われています。
なぜなら、ボレスワフ1世が再婚しているのでね。

それに肖像画も見つからないのよね。
愛されていなかった妃の記録や肖像画が見つからないのはわかるんだけど、なぜ?


完全に政治の道具
ボレスワフ1世妃 オダ・マイシェニエンスカ

996〜没年不明/在位 (公妃)1018〜1025 (王妃)1025

ボレスワフ1世はエムニルダの死から1年か2年後に
マイセン辺境伯エッケハルト1世の娘オダと再婚しました。
エッケハルト1世の父親ギュンターはミェシュコ1世の妃ドゥブワヴァ
最初の夫と言われている人です。
それが正しい説だとすると、家系図はこういうことになります。
        
1018年、神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世とボレスワフ1世の間で
バウツェン和平条約が調印されました。
ボレスワフ1世はドイツ貴族との繋がりを深めるため再婚を決心。
オダが選ばれ、なんと! 調印から4日後に結婚しました。

30歳近い年齢差がある上に、ボレスワフは浮気癖が治まらなかったらしく
キエフ大公ウラディーミル1世の公女プラディスラヴァとの関係を続けていました。

詳細は不明ですけど、オダも結婚前に自堕落な生活を送っていたそうで
ボレスワフが嫌悪したか、オダが「また遊びたい」と考えたかはわかりませんが
とにかく、二人の結婚生活は不幸なものでした。

「相手は誰でもいい!」と急いだ結婚… 上手くいくとは思えないものねぇ
ま、上手くいけばものすごくラッキーだったということで…

1025年4月にボレスワフ1世が王に即位した時、一緒に戴冠したという説もありますが
推測の域をでないそうです。

しかもボレスワフ没後(1025年7月以降)のオダのその後は不明、墓所も不明。
いったいどんな生涯を送っていたのやら…

政治の渦に巻き込まれ、人知れず没するなんて…
表舞台では名が残らずとも、個人的にはハッピーな人生を送っていたことを祈ります。

ひとことK-POPコーナー
K-POP friend Nちゃんの尽力により、12月5日の東京ドームがアリーナ席だって〜!
初のBIGBANGライブに備えてただ今猛勉強中です

『永すぎた春』恋する二人に優しい物語

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1956年 三島 由紀夫

うーんと… 私は三島由紀夫という作家の性格や主義、私生活については全く知りません。
最期が印象的だっただけに、けっこうラディカルな思想の持ち主なのかしらん、などと
想像はしてみるものの、特に知りたいとは思わないので調べたこともありません。

だから、ほんとぉぉぉに、この一冊だけから受ける印象を書くと、すごく優しい人みたい。

“ 永すぎた春 ” と聞くと、恋人に訪れた倦怠期とか、待ちくたびれてお別れ…的な
印象を受けませんか?
私はそのつもりで、恋人たちを襲ううんざり状態がどのように描かれているのかと
わくわくしながらこの物語を読み始めました。

宝部郁雄というT大法学部の学生がいます。
もちろん頭はいいですよね? 父親は財界人で裕福な家の一人息子です。
性格も良く、素行も良く、しかし適度に遊ぶことも知っていて、どうやら顔も良いらしい。
一昔前のドラマや漫画の王子様タイプですよね!!
今だとツンデレ主人公の恋敵っぽいけど… 「いい人なのに〜」フラれるタイプ。

その郁雄が大学門前の古書店の美しく聡明な娘、木田百子に恋をしまして
母親の反対を押し切り婚約までこぎつけたところから物語が始まります。

ドラマ好きとしては母親の反対がどれほどのもので、どんな邪魔をしたかが知りたい所。
しかし、それはさら〜っと数行で終わっちゃいます。

でも若い二人に試練はつきもの!
婚約に際して郁雄の父親は「結婚は郁雄の卒業を待ってから」という条件を出しました。
郁雄の卒業までは1年3ヶ月です。

もちろん、この1年3ヶ月は平穏ではすみません。
まずは、百子の親戚に逮捕者が出て郁雄の母大激怒&婚約破棄を画策。
そして婚約の喜びも色あせてきた郁雄を誘惑する年上の美女つた子の登場、揺れ動く郁雄。
百子の兄で唯一の跡取り東一郎が望む身分違いの結婚。
そんな時に現れた郁雄の友人、デンジャラスガイ吉沢。
吉沢は恋人と別れ百子にアタックしてきます。
そんな吉沢に加勢しようとするある女性の陰謀。

もう書いてるだけで楽しいよぉ
来るべき別れに向かってまっしぐらって感じでしょ?

で、あらすじを書くとそうなんですけど、作者三島由紀夫は優しいですよ。
これはドラマにならないね!

恋する主人公二人を応援しようという気持は、読者(視聴者)にはもちろんあります。
ありますけど、苦しい〜時期を乗り越える姿を見るのも好きなもの…
そんなわけでドラマでは「え、そこまで?」という無理くりなシチュエーションまで
創りだして恋人たちを苦しめるじゃないですか?

そこまでしてほしいとは思いませんけど(文芸作品だしね)
作者は若い二人をあまり傷つけたくなかったみたいです。
痛手を受けそうになると作者の救いの手が見える… そんな気がする物語でした。
主人公二人はたぶん No damage 、青春っていいよね!

三島由紀夫は何冊か持っているのですが、他に読んだのは『女神』だけです。
『女神』は違った作風で、二冊のうちのどちらが三島文学らしいのかわかりませんが
女性の純潔や男性の正義感を守っていきたいという考えの作家なのかなぁ…
などと感じています、今はね。

結論としては、わたくし “ 永すぎた春 ” の意味を取り違えていたことに気がつきました。

ひとことK-POPコーナー
良かったよ〜! BIGBANG!! もちろんみんな素敵だったけど、テソンが素敵すぎる
そんなわけで来年3月のソロライブ予約してみました… 抽選に当たるといいなぁ

『猫は14の謎をもつ』恩知らずとは言わせないわ

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THE CAT WHO HAD 14 TALES 
1988年 リリアン・J・ブラウン

今さら…ですが、あけましておめでとうございます。
年明け早々インフルエンザに罹り寝込んでおりました。
初めて罹ったけど苦しいね… 皆様もお気をつけ下さい。

そんなわけで、今年一回目のアップは、大好きな猫のお話しがつまった
こちらの一冊の感想文にしてみました。

リリアン・J・ブラウンという方はミステリー作家だそうで
猫ちゃんが謎解きをするシリーズを書いていらっしゃるそうです。
そちらは読んだことがないのですが、古本屋さんで見つけて購入しました。

猫嫌いの人は、猫のことを「わがまま」とか「三日で恩を忘れる」なんて申しますが
この本を読んだらそんなことは言わせませんよ。
恩や愛を忘れない立派な猫が登場するお話しがいくつかありました。
いくつか紹介しますね。

『黒い猫(The Dark One)』
ダク・ウォンは、人里離れた地で飼い主のヒルダの愛を受けて幸福に過ごしていました。
しかし、週末にヒルダの夫ジャックが帰って来ると家は居心地の悪い場所になりました。
ある晩、ヒルダとジャックの口論はピークに達しました。
家を飛び出たヒルダをジャックが「殺す」と言って追って行きます。

ダク・ウォンは自分に力が無いことを自覚しているし、とても怯えているのね。
でも、どうにかして自分を愛してくれたヒルダを救いたいと思うの。
“ 自己犠牲 ” という概念が猫にあるのかどうかは別として
とにかく助けたいと言う一心がとらせたギリギリの行動に目頭が熱くなります。

『ススと八時半の幽霊(SuSu and the 8:30 Ghost)』
ススは同じ階に越して来たばかりの風変わりの老人ミスター・ヴァンをすっかり気に入り
ミスター・ヴァンもススが気に入ったのか、頻繁に訪ねて来るようになりました。
しかし、ある日、老人は精神病院に入れられたと不気味な介護人から聞かされました。

飼い主は面倒な客が来なくなってホッとするのですが、ススはそうではなかったのね。
お客がやって来たようにはしゃぎまわる猫の行動に、飼い主はハッとします。
そこからある疑問が浮かび、そしてそれは確信へ…
可愛がってくれた人を慕う猫の思いが通じたってことでしょう、きっと。

『マダム・フロイの罪(The Sin of Madame Phloi)』
猫としてのプライドを失わないマダム・フロイは、息子のサプシムを溺愛していました。
ある日隣の部屋に粗野で乱暴そうな、猫嫌いの男が越して来ました。
家人の留守中窓から外の桟に出たマダム・フロイとサプシムを隣の男が呼びます。
すぐ人間や食べ物にじゃれつくサプシムは男に近づき、そして10階から落下しました。

ペット問題が起こした悲劇なわけですが、ややこしくなるのでそれはおいときます。
猫ちゃんにも親の愛はある!ってことで、マダム・フロイは復讐に乗り出します。
一昔前なら猫の復讐と言えば、呪いとか化け猫…という展開でしょうが現代は違う!
持ち前の冷静さと知性を総動員して男のもとへ… 上手くいくんでしょうか?

題名からわかるように14篇のお話しが収められています。
作家ならではのミステリー仕立てのものもありますが、猫ちゃんが解決するというより
まわりにいる人間に訴えかけるようにして謎への注意を促すって感じでしょうか?
いずれにしても、愛する人や優しくしてくれた人への思いがそうさせています。

他にも、敵対する群れに属する二匹の猫が恋に落ちる悲劇的なお話し
その名も『イースト・サイド・ストーリー』ですとか
酒場の店主が猫をめぐって役所と戦うお話し『ディプシーと公衆衛生局』など
良いお話しがありました。

主人公になっている猫は、ほとんどが作者が飼っているシャム猫でして
どちらかというとクールでプライドが高いタイプ。
だから猫ちゃんの可愛いしぐさの描写はあまりありません。
でも、じゃれつかないのに、相手をしてくれないのに、気の向く時しか見つめてくれないのに
愛おしくて仕方が無いというのが猫なのです。

じーっと部屋の隅を見つめている猫の、視線のその先の不気味さより
猫ちゃんに何が見えているのか、何を考えているのかが気になります。
そんな飼い主の思いもまた、謎解きに繋がっているのかもしれません。

さしあたりシャム猫ココシリーズを購入する気はありませんが
他にこういう短篇集があるなら読んでみたいな。

ひとことK-POPコーナー
INFINITEのソンギュのソロ『60秒』のMVを見ました。
ソンギュの「寝ているような目(by 序列王)」って、歌っている時、セクシーでオーラがありますよね

ポーランド王ミェシュコ2世妃 リヘザ

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夫の死後大活躍?
ミェシュコ2世妃 リヘザ・ロタリンスカ

995〜1063/在位 1025〜1031

リヘザはプファルツ伯エッツォと神聖ローマ皇女マチルデの娘で
神聖ローマ皇帝オットー2世の孫にあたるわけですけれども、結婚まではエピソード無しです。
小柄でプロポーションが良かったってことぐらいでしょうか?

リヘザが5歳の時、母方の伯父オットー3世は、かねてから同盟関係があった
ボレスワフ1世の王子との縁談を決めましたが、自分には子供がいなかったので
姉のマチルデの7人の娘の中からリヘザを選びました。
           
なんだけど、その後オットー3世が急死しまして
次の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世がリヘザの実家ともめたりしたもので
結婚はリヘザが17歳になってやっと実現しました。

1025年にミェシュコが王に即位しますが、1031年に庶子である兄ベスプリムを後援する
ドイツとキエフの侵攻にあって、ミェシュコはベーメンへ逃亡します。
この時ミェシュコは投獄され、ベーメン公の命令で去勢されちゃったんですって! 中世…

ペスプリムは君主の座に就き、ミェシュコの支持者への迫害を始めました。
リヘザは王冠と財宝を抱え子供たちとともにドイツへ向かいました。

ドイツでは神聖ローマ皇帝コンラート2世の保護を受けました。
ちなみに、リヘザの祖父オットー2世や伯父オットー3世と
コンラート2世は家系が違います。

リヘザはドイツで、ポーランドと神聖ローマ帝国間の関係修復と和平のために重要な役割を
担ったってことになってたそうですが、この説は、近年は懐疑的に見られているそうです。

ミェシュコ2世とリヘザは、公式には離婚も別居も宣言していませんでしたが
結局二度と会うことはありませんでした。

1032年にベスプリムが暗殺されるとミェシュコはポーランドに戻り翌年復位しましたが
リヘザは戻っていません。
翌年ミェシュコが暗殺されて、その5年後息子のカジミェシュが継承権を得るために
ポーランドに戻りました。
この時リヘザも同行したことになっていたそうですが
こちらも近年は懐疑的に見られているらしい…

もしリヘザが1037年にポーランドに行っていたとしても、再びドイツに帰った後は
二度とポーランドに足を踏み入れませんでした。
でも自分のことはポーランド王妃と名乗っていたそうです。
この特権は、コンラート2世が与えていたってことです。

リヘザは息子のカジミェシュを王にするためにポーランドと争っていましたが
コンラート2世は最終的にこちらも援助したらしい… もしかしてリヘザに気が…

リヘザが大活躍をするのは、1047年に弟のオットーが亡くなって
財産の大半を相続してからです。

はしょっていくけど
兄のケルン大司教へルマン2世や姉のエッセン修道院長テオファヌと領地の再編を目論んだり
ヘルマン2世の死後ケルン大司教になったアンノ2世から没収されそうになった財産を
領地から運び出して抵抗したりして、手に入れた領地の大半の7カ所を
死ぬまで守り抜きました。

あまりエピソードはないのだが、王妃と名乗り続けたり財産を死守したりと
けっこう権勢欲が強かったのかしらね?
まぁ、領地が貴族の力の証しの時代、少しでも失うのは子孫に申し訳ないものね。

リヘザは1063年に亡くなる時、両親が建て、リヘザ自ら改装したブラウヴァイラー修道院の
母親の隣に葬ってほしいと希望していました。
しかし、アンノ2世はリヘザの死後「OKもらったから!」と聖マリア教会に葬りました。
この教会はヘルマン2世が着工しアンノ2世が完成させたそうで
自分が建てた教会に箔をつけたかったのかしらね?

いずれにしても、皇后でもなく、在位も短い王妃の遺体をめぐって一悶着あったということは
それなりに存在感があった女性だったのかもしれませんね。

ひとことK-POPコーナー
ソンギュのソロとinfinite Hの輸入盤を買いましょー と思って新星堂に行ったけど無くって
ついLed Zeppelinのライブ盤とSTONESの記念ベスト盤を買っちゃったわよ! K-Pop以外のCD買うの久しぶり…

輝ける皇妃、エリザベート展に行って来ました

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マリー・アントワネット展に続き横浜そごうで開催中のエリザベート
例によって終わっちゃう!ということで、仕事帰りにダッシュで行って来ました。

今回も30分ぐらいしか見られませんでしたが、閉店時間間近ということで空いていて
ゆったりじっくり見ることができました。

正しくはエリーザベト展じゃないのか? ということはさておき
今回はマリー・アントワネット展と違ってレプリカは無くて
ほぼ全品、シシィが使用した物が展示されていました。
てなわけで、今回は写真撮影OKのスペースはありませんでした。

お時間がたっていますのでね、少しぐらい色がくすんでいたりしましたが
そんなことは気にしない!
繊細な仕事が施された刺繍やレース、宝飾品は見ていて楽しかったですよ。

その中に美しいビーズ刺繍の黒いビロードの筒があったのね。
私はてっきりトーク帽だと思い「綺麗なお帽子」なんて思いながら見ていたら
なんと! コルセットですってさ  51cmですよ!!
ウエストが細いってのは本でも読んでいたし、このブログにも書きましたが
目の当りにするとあんなに細いのね… 胃はどこにいっちゃってんでしょうか?

内容はというと、シシィが嫁いでから公務をこなしている絵とか
愛した家族たちとの写真、お美しい写真のアルバム、日常で使用していたもの
気に入っていた別宅の部屋の調度品とか周辺の風景画、アクセサリー、ドレス、食器
亡くなったことを伝える記事、追悼カードにデスマスクなど盛りだくさんでした。
個人所蔵の物も多くて、この機会でしか見れないものもあったかもしれません。

私などは以前から「シシィはちょっぴり美化されすぎているんじゃないかしらね?」と
思っている女ではありますが、見てる分には楽しめる美しい展示会でありました。

マリー・アントワネットにシシィ、二大スターの展示会は終わりましたが
お姫様展示会シリーズをこれぐらいの規模でどんどんやっていただきたいものですね。
しかしながら横浜そごうの次回予告にはお姫様企画がなくて
「やっぱりか…」と、がっかりしながら帰って来たしだいです。

ひとことK-POPコーナー
『神話放送』が見たいばっかりに、スカパーに加入しようかと真剣に考えているところですが
Mnetが見られるようになったらテレビの前から離れられなくなってしまふ… と迷ってます。 旦那も大反対!

『ウィークエンド』愛を壊す正直さってどう思う?

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WEEKEND 
1994年 ピーター・キャメロン

『最終目的地』『うるう年の恋人たち』でキャメロンファンになって
Amazonで購入した本でございます。

前出2冊でも男性の愛が描かれていましたが、男女間の愛もありました。
しかしこの『ウィークエンド』はがっつり男性同士の愛が描かれていまして
途中までは感情移入できるかどうか不安でした。

でも読み終えると、愛が始まって愛を育んで愛の終わりを迎えるという過程には
男女間の恋愛であれ、同性同士であれ変わりはないものなのね… と思えました。
主人公の恋人たちが男性と男性だったというだけで、内容は共感できるものでした。

ライルという美術評論家が、ロバートという画家志望の青年をつれて
ニューヨークから田舎へ週末を過ごしに向かうところから物語が始まります。

二人が訪ねるのはジョンとマリアン夫婦の家です。
ジョンは、ライルの十年来の恋人だったトニーの異父兄です。
トニーは前年の夏にエイズで亡くなっています。

マリアンは、ライルが新しい恋人を連れて来ることがどうにも納得いきません。
ディナーには近所の別荘にいるイタリア人のローラを招いていて
4人のはずが5人になってしまうことも気に入りません。

ものすごーく端折りますけど、マリアン、ジョン、ローラにも
なんだかハッキリはわからないけど、なにやら抱え込んでいるものがありそうです。
さあ!楽しい週末!! なんて雰囲気じゃない感じ。

物語は二人がジョンの家に到着してからディナーまで、ディナーの間の出来事、
ディナーを終えてからロバートが家を飛び出すまで、そしてその後…というように
週末の二日間を描くかたわら、ライルとロバートの出会いや付き合うきっかけ、
ライルとトニーが過ごした週末、トニーの最期などがちりばめられています。

例によって場面や時間がいったりきたりするのですが
各章に分けられていたので読み易かったです。

どうしてロバートが出て行ってしまったかっていうのを…
どうしよう…書いちゃおうかなぁ この場合書いた方がいい気がする…

つまり、ライルはロバートが一番聞きたい言葉「愛してる」を
どうしても、どうしても言えないの。
「愛してると言うと嘘になる」と言って頑なに拒むのです。

どうなんでしょう?
相手が心から望んでいるひと言を言わない正直さって、必要なんでしょうか?
だってライルは遊びじゃないのだし、心からロバートが好きなのよ。
嘘にはならないと思うけどね… それこそ “ やさしい嘘 ” でもいいじゃないの?

それとも、やはり愛にはとことん正直な方がいいのかしら?
たとえそれが自分にとっては辛い結果を招いても…

物語のラストでは、ロバートがライルの態度を受け止め
これからどう生きていくかが示唆されています。
もしかすうと、ライルの馬鹿正直さがロバートにとっては救いだったのかもしれません。

ライルはなーんにも考えていないように見えるんだけどな…
果たして今後ロバートとどうするつもりなのか気になります。

ライルとロバートの愛に関するやりとりは、同性愛だからということは全く関係ないです。
どちらかというと年齢の差、というか経験の差が原因のように、私には見えました。
もう少し経験があれば、ロバートにもライルの言う意味が理解できたかもしれません。

それから、ライルは恋愛をするには(思考が)老成しすぎなんじゃないかしら?
愛に年齢は関係はないと言いますね、もちろんその通りかもしれませんけど
いざという時に「もう若くないから」と自分で言っちゃうぐらいならやめとけば〜?
相手が困ると思うよ。

ひとことK-POPコーナー
NHK韓国語講座の『2PMのワンポイントハングル』にニックンが戻ってきましたね
おめでとうございます

ポーランド公カジミェシュ1世妃 マリア

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出生の謎が歴史家の心をくすぐる
カジミェシュ1世妃 マリア・ドブロニェギエワ

1012〜1087/在位 1040〜1058

ミェシュコ2世から王位を奪ったボレスワフ1世の庶子扱いの長男ベスプリムは
未婚でお子様がいませんでした。

その後混乱のポーランドを再統一したカジミェシュ1世の妃マリアは
キエフ大公ウラジーミル1世公女です。

ウラジーミル1世は7回結婚していて、その上愛妾も幾人かいたようで
嫡子・庶子がワラワラおりました。
なのでマリアの母親ははっきりわかっていません。
正妻のお子様だとすると、生年からいって
7人目の妃、オットー大帝の孫娘がお母さまってことになるのですかね?

メルゼブルク主教の記録によると、カジミェシュの祖父ボレスワフ1世は
1018年にキエフに侵攻した際に、ウラジーミル1世の未亡人を誘拐したそうで
マリアはその人の娘?
ボレスワフ1世はウラジーミル1世の娘を愛妾にしてたりするんですが
戦争の勝ち負けによって女性を獲ったり獲られたり… ヒドい話しよね

長い間謎だった誘拐された未亡人は、近年シュヴァーベン公コンラート1世と
エディス・オブ・エセックスの公女ではないかと言う説があるそうです。
エディスはオットー大帝妃になる前にコンラートと結婚してたってこと?
オットー大帝と結婚したのが19歳だけど、その前に?
解決するどころか謎が深まってますな…
        
出生の謎はさておき、マリアは1040年頃にカジミェシュと結婚しました。
ミェシュコ2世亡き後右往左往している継承権を取り戻すため
キエフ大公ヤロスラフ1世と同盟を結んだためです。
この同盟のおかげでカジミェシュは継承権を取り戻すことができましたが
王にはなれませんでした。
神聖ローマ帝国が認めてくれなかったのかしらね?

1058年にカジミェシュ1世が亡くなって長男ボレスワフが王に即位します。
ボレスワフ2世はピァスト家の中で最も王の資質があると言われていたそうですが
ちょっと冷徹な人だったのね。
そこで反旗が翻り1079年に廃位・追放されました。

その後次男ヴワディスワフが継いでますので
異母兄妹の争いの場合と違い、マリアはポーランドから去らずともすんだようです。
1087年に76歳か77歳で亡くなりました。

マリアの周りの男性陣はかなり波瀾万丈な人生を送っているのですが
彼女自身のパーソナリティは、やはり全く垣間見えないですね。

夫も息子たちも王位をめぐって相当ハードな人生を送っているので
影で力強く支えた女性ってことにしときますか?

(参考文献 Wikipedia英語版)

ひとことK-POPコーナー
職場のRちゃんと、SHINeeの正規3集&日本語シングル『Fire』発売を指折り数えて待っている今日この頃。
3集のキー、テミン、ジョンヒョン、ミノは見たんだけど… オニュのイメージはまだかいな? 明日かな?

『女が嘘をつくとき』この世に嘘をつかない人がいる?

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СКВОЗНАЯ ЛИНИЯ 
2008年 リュドミラ・ウリッカヤ

本屋さんに行くと必ずチェックする新潮クレストコーナー。
ジャケ買い、タイトル買いなんですけどね。
こちらはタイトル買いした一冊です。

序文で男の女の嘘の違いが書かれていまして、なんとなく納得。
そして6篇の嘘の物語が書かれています。

『ディアナ』
ジェーニャの3歳の息子サーシャの療養のために訪れていた保養地で出会ったアイリーン。
彼女から聞かされた半生は目まぐるしいもので、中でも二人目の夫との間に生まれ
2歳で死んでしまった女神のような娘ディアナの話に心奪われました。

『ユーラ兄さん』
ジェーニャは息子のサーシャとグリーシャの他に二人の男の子と別荘に滞在していました。
別荘のオーナーの娘ナージャは、なにかというと素晴らしい兄ユーラのことを話します。
彼女の話はスペインに招待されたことやUFOを見たことなど嘘のようなことばかりです。

『筋書きの終わり』
数多い親類の中で、息子サーシャと同じ年の13歳のリャーリャが
ジェーニャの従兄にあたる画家アルカージィと恋に落ちたと報告に来ました。
しかもアルカージィの妻で医者のミーラから避妊薬をもらって来てと頼まれます。
ジェーニャはアルカージィに忠告する決心をします。

『自然現象』
数学・化学が得意で技師を目指すマーシャは、大学教師でジェーニャの恩師の
老婦人アンナと知り合い文学に目覚めました。
マーシャはアンナが長年ノートに書きため聞かせてくれた自作の詩に感動します。

『幸せなケース』
ドキュメンタリー映画のシナリオで成功をおさめたジェーニャは
知人を介してスイスに住むロシア人娼婦たちのドキュメンタリーの依頼を受けます。
スイスで数人の女性たちに会い劇的な半生を聞きましたが、皆同じような内容です。

『生きる術』
ジェーニャは出張に行く途中事故に遭い歩けなくなってしまいました。
もうジェーニャはバルコニーまで這って行って手すりを乗り越えることしか考えられません。
しかし夫のキリルがつきっきりです。

以上、6篇の中で上の5篇の女性の話は一部、あるいはほとんど、あるいは全部嘘です。
なぜにそんな嘘をつかなければならないのかよく解らん… という首を傾げたくなる嘘です。
つかれた方にはたいした影響は無いんだけど、他愛無いとは言えない嘘。

嘘をつくほうにも事情はあろうが、できたらつかないでほしいですし
つくならバレないようにしてほしいですね。
たいして害は無くても、あんまり気分がいいものじゃないもの。

最後の『生きる術』は事故に遭うまでに、どうにもイラつく女性が三人登場します。
この話は上5篇と違って小さな嘘がちりばめられているような内容かな?
結果的に嘘になってしまったという感じかもしれません。

個人的経験から言いますと、仕事と犯罪以外の嘘はなんとかなるんじゃないかなぁ…
人間関係が上手くいくかどうかは知りませんけどね。
ただ、ひとつ嘘をついたばっかりに、どんどん嘘を作っていかなきゃいけないというのが
つらいのよね… 最近はそんなパワーが無いのでなるべく嘘をつかないようにしてます。

ひとことK-POPコーナー
なんだけど、K-pop関連のお買い物とかライブについては時々だんなに嘘をつく…
たいしたことじゃないですけどね

『社交ダンスが終わった夜に』書き残したことはないですか?

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ONE MORE FOR THE ROAD 
2002年 レイ・ブラッドベリ

レイ・ブラッドベリは短篇集を何冊か持っているのですが
失礼なことに、もうとっくの昔に亡くなっている作家だと思っていましたら
去年亡くなったんですね?
本屋さんで “ 巨星、逝く ” という帯を見まして手に取ってしまいました。

ご自身のあとがきを含めると26篇からなる短篇集で、とにかく幅広いです。
メロウなものから悪ふざけっぽいもの、難解な話、ホロリとくる話とてんこもり!
けれども、やはりブラッドベリスタイルに仕上がっている気がします。

わたくし的には、好きな話と好きではない話が半々ぐらいの割合でした。
誰が読んでもひとつは好きな物語が見つけられるのではないかと思います。
無かったらごめんなさい

特に気になったお話しをいくつかご紹介します。

『頭をよせて(Teta-a-Teta)』
ある夏の夕暮れ、友人と遊歩道を歩いていると老夫婦が言い争いをしていました。
二人は何年も、毎晩同じベンチで言い争いをしています。
いきなりベンチが無人になり、夫が亡くなったことを知りました。
一週間後、妻がベンチに座り、亡くなったはずの夫と言い争いをしていました。

一歩間違うと危ないお婆さんのお話しになってしまうのですが、私は良い話と見ました。
周りの人々の気遣いが嬉しい… 都会なのにね。

『秋の終日(Autumn Afternoon)』
使い終わったカレンダーを欲しがる幼い姪ジュリエットを残して屋根裏部屋に行った
ミス・シモンズは古いカレンダーの山を見つけました。
カレンダーにはミス・ソモンズ自身の手でたくさんの書き込みがされていました。

この話しは、なんだかマンスフィールドっぽいの。
若い頃に記録したもの、例えば日記とかアルバムとか…
どんな気持で見るかはその時の状況によるけど、女性にはけっこう酷なものだと思うよ。

『夢街道いま一度(One More for the Road)』
ある日、作家志望のフォレットという男が沢山の板切れを持って来ました。
彼は小説が書かれた板切れを貼付け、大陸を横断しシアトルで完結するという
クロスカントリー小説を提案してきました。

面白いと思うんだけどね… 小説を読むためにアメリカを横断するなんて。
でも面倒くさいからYouTubeでアップされたのを読んじゃうよね、やっぱり。

『炉辺のコオロギ(The Cricket on the Hearth)』
ジョン・マーチンが帰宅すると妻が怯えていて、誰かが盗聴マイクを仕掛けて行ったと
隣人から聞いたと言います。
なるべく普段通りに暮らそうとする二人… ジョンは珍しく花を買って帰ったり
妻の手料理を褒めたりします。

(浮気隠し以外なら)どんな状況であれ、夫が優しくなるのは嬉しいですよね。
妻の気持はよくわかる! って感じのお話しです。

ブラッドベリがSF作家という先入観無しに読むといいのではないかしら?
たま〜に思い浮かんじゃうけど、そういったジャンルわけは超えちゃってると思う。
文章だけ読んでいると、いつの時代の、何歳の作家かまったく見当つきません。
一生を創作型の作家として生きてきた人の底力が感じられる一冊です。

この本を読んでいたら、まだまだ書きたいことがあっただろうなぁ… と
思わずにはいられません。

ひとことK-POPコーナー
こないだ演芸パレードという番組でボーッとCOWCOWを見ていたら、いきなりBIGBANGが映って驚いたよ!
すぐ録画体制に入ったけど撮れなかったよぉ… この番組は予想外すぎる

『怒りの葡萄』弱者は切り捨てろ!

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THE GRAPES OF WRATH 
1939年 ジョン・スタインベック

私は、強い者が勝つっていう考え方も、努力は報われないっていう現実も肯定します。
でもちゃんと働いている人が普通に生きることさえままならないっていうのは
やっぱり国の責任で、なにかシステムがおかしいんじゃないかね? と思いますけどね。

映画にもなったという『怒りの葡萄』
こんなに強いメッセージを含んだ映画が、娯楽万歳!な当時のハリウッド映画の中で
ウケたのかどうかは知りませんが、本はすごく面白かったです。

『二十日鼠と人間』同様、農場が舞台になっていますが
決定的に違うのは『二十日鼠〜』に登場する労働者たちは
事情があるとはいえ、自ら季節労働者を選んだ大人の男たちでした。

けれどもこの物語で農場から農場へと彷徨っているのは膨大な数の家族。
老人も子供も、病人も妊婦も含まれる人々が故郷を追われ、仕事を求めて
カリフォルニアに向かっています。

彼らはなにも「カリフォルニアってオシャレよね!」とその地を目指しているわけでなく
仕事があると聞いて、オンボロの車に積めるだけの家財道具を押し込み
高値でふっかけられるガソリンや食べ物にあえぎながら進んでいるのです。

彼らを追い出したのは農場の大規模経営に乗り出した銀行です。
土地を抵当に入れていた農民を村から丸ごと追い出し、機械化して収益を得るためです。

長い話でもあり、随所にスタインベックが抱く今後の農場経営への危惧や
公然と行われている “ 移民 ” への不当な扱いに言及する章が挟み込まれているので
到底数行のあらすじでは表しきれないのですが、ざっくり書いてみますね。

やむを得ず殺人を犯したトム・ジョードという若者が仮釈放になり
再会した元説教師ケーシーとオクラホマの故郷に戻ると村はもぬけの殻でした。
伯父の家に身を寄せていた一家に追いつきますが、伯父の村も立退き寸前でした。
一家とケーシーは西へ向かいます。

ジョード一家は、トム、じいさまとばあさま、父母、兄ノアと弟アル、
身重の妹ローザシャーンとその夫コニー、幼い妹ルーシーと弟ウィンフィールド
ジョン伯父の総勢12名です。
しかし、じいさまは出発間際になって「行かない」と言い張り村に残ります。

ここから西までの道程は長いので省きますが、かいつまんでいうと
道中助け合うことになった人々との別れがあり、ケーシーもある事情から去り
家族も一人抜け、二人抜けして最後には6人になります。
必死で働いたのに結局定住はできず、暗澹たる状況に陥ります。

スタインベックはジョード一家に当時の農民たちの苦境を投影させて
旅を続けさせます。
「この正直な人々を見よ! 彼らの理不尽な苦しみを見よ!」と。

この先離散した家族は会えるのでしょうか?
一家が夢見た家族が暮らせる家は手に入るのでしょうか?
以前と同じような収入が得られ妥当な値段で食糧が買えるのでしょうか?

物語を読んで見える答えは “ No ” です。
後から後からに押し寄せる人々にどの店も必需品を高値で売りつけようとします。
泊まる場所が無い人々を警官は追い出します。
農場ではありとあらゆる手を使い賃金を搾取します。
少しでも他より高い賃金を払う雇用主は協会に睨まれ融資を受けられなくなります。

今でもそうだとは言いません。
災害に遭った地域にとっとと大統領が出向いたりすぐに募金が集まったり、
スターたちの募金額も桁違い…アメリカって慈善精神に富んだ国よね。
ニュースになった可哀想な犬や猫の引き取り手も多いしね。

ただね、世界一正義感を持ってると言い張るアメリカの過去がこんなに無慈悲だったとは…と
けっこう衝撃を受けましたよ。

さすがに現代は… と思うけど、マイケル・ムーアのドキュメントとか
リーマンショックのニュースから考えるに、弱者後回し感は否めないわ。
まずはホワイトカラーを救おうっていう感じ。
日本も人ごとじゃないですけどね。

ラストはものすごく感動的でした。
具体的な未来は見えませんが、人間の底力と勇気が感じられます。
移民として彷徨っている人々に今日よりましな明日が訪れそうな期待が持てる
そんなクライマックスでした。
『風と共に去りぬ』のラストっぽいかもしれないね。 前向きってことか?

ひとことK-POPコーナー
ちょいとちょいと!  SHINeeの『Dream Girl』聴きましてっ!? 素敵ですね!!
いまのところ、Wild Sideなオニュ炸裂の Dynamaite と Hitchhiking が好きです

ポーランド王ボレスワフ2世妃 ヴィシュズワヴァ

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まだまだ謎の王妃は続くのか・・・
ボレスワフ2世妃 ヴィシュズワヴァ・シュヴィアトスワヴヴナ

1047〜1089/在位 1076〜1079

王の資質高し!と言われながら冷酷すぎたために廃位されたボレスワフ2世…
政治ってわかりませんね。
群雄割拠の中世初期は程度の差こそあれ暴君ぞろいだったと思うんですけど
国を強く牽引できそうな人が辞めさせられるなんて。
王座に長くとどまれるかどうかは、資質というより運とタイミングだね。

        
そんなボレスワフの妃だと長らく言われていたのは
キエフ大公スヴィワトスワフ2世の王女ヴィシュズワヴァです。

結婚した年ははっきりしていませんが、1069年に唯一の嫡子ミェシュコが誕生してるので
その前でしょう、ということです。

1076年のクリスマスにボレスワフと戴冠したとされています。
しかし前述の通りボレスワフ2世は3年後に廃位されまして
一家三人はハンガリーに追放されました。

追放から2年後にボレスワフが急死します。 毒らしい… 中世ですな。
復位を恐れたポーランドサイド、持て余したハンガリーサイド、どちらの仕業でしょうね?

1086年、毎度廃位された王の息子がそうするように
ミェシュコも王座奪還のためにポーランドに戻りました。
ヴィシュズワヴァも同行しています。

ポーランドに戻って3年後、今度は息子がとっても影響力のある宮中伯によって毒殺されます。
親子揃って…食べ物に気をつけなきゃダメじゃない。
ヴィシュズワヴァは息子の葬儀に参列したようですが、これ以降の記録がありません。

ボレスワフ2世の墓所も不明なのですが、ヴィシュズワヴァも不明です。
息子が王になっていたら立派なお墓があったかもしれないですね。

ところで、ここまでヴィシュズワヴァのことを書いてきて元も子もないのですが
近年の歴史家たちはボレスワフ2世妃がヴィシュズワヴァという説に否定的で
プシェミスル家のアーグネシュが王妃では? と唱えているそうです。

あらら、今さらそう言われましても…
もったいない気がするのでこのまま載せときますけどね。

ひとことK-POPコーナー
先週、今週とBIGBANGのテソンを日本のテレビで見られて嬉しい反面、歌を聴かせてほしいの…って思うの。
そんなわけで、出演予定となっている今日の Music Fair と明日の Music Japan が楽しみです。

ポーランド公ヴワディスワフ1世妃 ユディタ

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久々にアクティブな奥さま登場
ヴワディスワフ1世妃 ユディタ・プレゼミシュリデカ

1056〜1086/在位せず

ボレスワフ2世の廃位を受け、実の弟ヴワディスワフ1世がポーランド公に即位して
事実上の君主になりました。

ヴワディスワフには長男を生んだ一人目の妃プレゼクラヴァがいましたが
彼女は愛妾とも言われていまして、詳しいことはわかりません。

二人目の妃は、ボヘミア王ヴラチスラフ2世の王女です。
7歳の時に母のハンガリー王アンドラーシュ1世王女アデレードが亡くなり
継母になったのが、カジミェシュ1世王女シュヴィエトスワヴァでした。
ヴワディスワフは義理の従兄ということになりますかね?

      
ポーランドとボヘミアの同盟を強化するための縁談で
1080年頃に結婚しました。

ユディタはポーランドで慈善活動に精を出しました。
未亡人や孤児のために修道院に多くの金や銀を寄付しました。
また、囚人の環境向上も働きかけたそうです。
慈善に励んだポーランド初の妃じゃない? 記録されているということですけど。

1086年、ヴワディスワフとユディタが待ちにまった嫡子が生まれました。
当時長男ズビグニェフは庶子扱いで国外に出されていましたのでね。

当時の30歳が高齢出産にあたるのかどうかは不明ですが
ユディタは産後回復できず、4ヶ月後に亡くなりました。

ヴワディスワフはユディタの死から3年後
ユディタの伯父ハンガリー王シャロモンの妃だったユディトと再婚しました。
ユディトは前妃と区別するためにソフィアと改名しています。

ソフィアはけっこうやりたい放題だったみたいですからねぇ…
心優しいユディタが生きていたら、ボレスワフ2世の王子ミェシュコは
死なずにすんだかもしれない。

ヴワディスワフ1世はいくつか教会を建立してます。
ユディタの影響かもしれませんね。

ひとことK-POPコーナー
SHINeeの『Dream Girl』のMVはカラフルでとても楽しい気分になれますね!
ひっかかったりしないのかしら? とハラハラしちゃいますが、Come Back Stageを見たら…さすが!!

『白と黒』お恥ずかしいことに・・・

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17 SHORT STORIES OF TOVE JANSSON 
トーベ・ヤンソン

『トーベ・ヤンソン短篇集』『誠実な詐欺師』を読んでいる時
私はトーベ・ヤンソンって男性だとばかり思っていました。
今回この『白と黒』を読んでいて、まさか、と思いWikipediaで見てみたら
女性だったのね〜! お恥ずかしいことです。

17篇おさめられていまして、最初の方ではまったく気がつかなかったのですが
読み進むうちに、女性としか思えなくなってきました。
かたいとかやわらかいとか、そういうのでなくてテーマかな? 着眼点?
いずれにしろ、なんで今まで男性だと思い込んでいたのでしょう?

あいかわらず孤独感満載です。 孤立感とも言えるかもしれない。
でも女性とわかったことで親近感もわき、さらに好きになってきました。

女性かも? と、気付かせてくれたお話しをいくつかご紹介します。

『灰色の繻子(Gra Duchesse)/1971年』
人の死を悟ることができるマンダは、内なる声に逆らえずそのことを告げてしまいます。
それで村にいられなくなり、街へ出て刺繍で暮らしをたてることにします。
マンダはどんどん腕を上げ、モードサロン内に個室がもらえるほどになりました。

人に媚びず、誰とも馴れ合わず、黙々と手を動かして生きていく… The 職人ですね。
昔はけっこういたのでしょうけど、今の世の中、頑固な職人でいるのも難しいでしょうね。
あ、マンダのサクセスストーリーではないです。 彼女の才能はもうひとつあるのでね。

『花の子ども(Blomsterbarnet)/1978年』
美しく生まれ、とことん甘やかされ、言いよられるままに奔放に育ったフローラは
22歳の時に結婚してアメリカに渡り、華やかな暮らしを告げる便りを送ってきました。
34年後、彼女は夫の破産と死を機に帰国します。

自分だけが快楽の時代にとどまっていたわけで、まわりは現実を生きてるわけです。
「昔みたいに…」と言われても、そうそう付き合ってられないですよね。
美しい人の末路がすべてこうだってわけでなく、むしろごく稀なんだとは思いますが
ドラマティックではありますね。 一昔前のドラマですけどね。

『主役(Huvndrollen)/1978年』
最高の大役ですが、地味でさえないエレン役を手に入れた舞台女優マリアは
いとこのフリーダがエレンそのものだと気づき、観察しようと別荘に招きました。
彼女は申し分の無いエレン役の見本でしたが、家事を始めると活き活きします。

ものすごく利己的なマリアと献身的なフリーダの対比が面白い物語だと思うのですが
そんなマリアがなぜ夫の言うことはおとなしく聞いているのかいまいち不思議?
わがままな女性って得よね…少し優しさを見せると「実は善い人?」って
まわりの人が錯覚してくれるんだもの、と思えたお話しでした。

上の3篇以外に『連載漫画家(Serietecknare)』という
ものすごく印象に残ったお話しがありました。

20年間も新聞に人気マンガ『ブラピー』を描いていた作家がいきなり行方をくらまして
代わりにそのまんがを描く青年が雇われる、という内容なんですけど
『ムーミン』を描いていた本人の苦悩だったのかしら? と想像が逞しくなっちゃいました。

詳しい内容は書きませんが、作家が逃げちゃった理由を推測する他の作家が
とにかくいろいろな商品につけられる『ブラピー』の一切を自分で引き受け
細部にまで妥協を許さず…で疲れちゃったんだろう、と語るシーンがあります。

ムーミンも世界中にたくさんのライセンス商品がありますからねぇ。
全部に目を光らせていたらからだが持ちませんよね。
もし本人がそうしていたなら、タフな人だったとしか考えられません。

編者の冨原眞弓氏が四つのモチーフを設定して選んだという選集で
いろいろな表情のトーベ・ヤンソンが垣間見えますが
ひと言で言えば、生真面目で几帳面で背筋がピンとした女性の姿が浮かび上がってきました。
例によって、本当の彼女はどうだったかは知りませんけどね。

ひとことK-POPコーナー
いきなり売りきれてたテソンの『D'scover』… やっと昨日買えましたよぉ! 良いですねぇ、やっぱり声きれい
ところで、MVに蒼井優が出てて「本当に可愛いね」と思ってたら違う人なんだって!! ビックリです。

『母』第二の人生を革命に捧げるその理由は?

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МАТЬ 
1906年 マクシーム・ゴーリキー

『世界短編名作選 ロシア編』でファンになったゴーリキーの
長編『母』を見つけたので読んでみました。

私はロシアの歴史に詳しいわけではございません、というか、ほぼ知らないんだけど
家系図のロシア王妃編で帝政の終焉について少しだけ調べたので
この物語の登場人物のような人々が帝政を終わらせたのか…と、少し感慨深くなりました。

しかし、その後にレーニンやスターリンくの時代がやってくるわけで
彼らの望みが本当に叶えられたのかどうか、疑問がわかないわけでもありません。
登場人物が明るい未来を得るための呪文のように唱えていた “ 共産主義 ” で
ソ連は国民に公平で公正な暮らしを与えることができていたのでしょうか?

工場の労働者部落で暮らすペラゲーヤ・ニーロヴナという女性が
夫に先立たれるところから物語は始まります。

夫は酒を飲み女房を蔑ろにするという、典型的な当時の労働者で
ペラゲーヤは文句ひとつ言わず夫に仕えるという典型的な労働者の妻でした。
二人には工場職人になっていたパーヴェルという息子がいます。
夫の死後息子が酒を飲んで帰り、夫と同じ道を歩むのか? と母を心配させます。
しかし、パーヴェルはその後は真面目に働き、静かな日々を送っていました。

しばらくするとパーヴェルは本を読むようになり、よく出かけるようになり
ある晩、数人の客を連れて帰ってきました。

この客人たちというのが “ 同志 ” と呼び合う仲間で
国を変えるために運動をおこそうとしている人たちです。

上下刊の長い話なのではしょるけど…

信心深く昔気質の母は恐ろしくてなりません。
最初はパーヴェルの気を変えたいと考えます。

けれども仲間の中には好感が持てる人もいて、何度か会ううちに親しみを感じ
いつか母のような心で皆を見守るようになっていきます。

しかし、いくら街から離れているとはいえ毎晩のように若者が寄り集まってちゃね…
というわけで、パーヴェルたちにも監視の目が光るようになります。
憲兵が家を調べに来たり仲間が逮捕されたりした後、とうとうパーヴェルも捕まりました。

ここから母は大変身!!

まずは息子の身を救うため、その後は息子の意志を継ぐために
自らが運動の手伝いをするようになります。
そして、以前はひれ伏すだけだった憲兵や官吏たちに憎悪を抱くようになっていきます。

はじめはビラの原稿を運ぶような小さな仕事でしたが、村に出向いて説得したり
脱獄した政治犯を助けたりと、存在感を強めていきます。

パーヴェルは脱獄を拒み、結果の見えている裁判で争う決心をしました。
母はそんな息子を誇らしく感じるようになります。

結論からいうと、彼らは戦いに勝ったわけではないけれども
戦いは終わったわけではなくこれから始まるのだ、ということを感じさせるラストでした。

そういった弾圧に負けず希望を捨てずに、変化を叫ぶ人の後に続く人がいる国だけが
生まれ変わることができるのかもね。

ま、革命の是非とかソ連云々を語るには、私の知識はあまりにも曖昧なのでやめといて…

ペラゲーヤが革命にのめり込んでいった理由はなんとなく理解できます。
愛する息子のために始めた運動ですが、若い人たちに「おっかさん」「おっかさん」と慕われ
信頼を得るようになって、彼女は生まれて初めて生き甲斐を感じていたのではないかしら?

さらわれるように結婚して、あとは家の中で夫の顔色をうかがいながら暮らしてきた日々、
これからは息子に仕えるように生きていくはずだった毎日がまったく変わって
たくさんの人々と知り合い、語らい、自分の意志で行動するようになったんですもの。
自分の人生を生きている!! と思えたのではないかしら?
その対象がたまたま革命運動だったのかもしれません。

大きな声じゃ言えないけど、旦那さんが亡くなった後奥さんがやけに元気になって
趣味やボランティアに精を出す… ということはあるらしいね
仕事を始めて輝きだしちゃったりね。
亭主関白は減っているらしいから、今後はそうでもないと思うけど…

ひとことK-POPコーナー
いいなぁ… ジャングルポケット斉藤… テソンにチヂミを作ってもらえるなんて!( in パワー☆プリン)
プーさんのTシャツがとってもcoolに見えますね。今日は続きがあるのよね? 夜更かしせねば

ポーランド公ボレスワフ3世妃 ズビシュワヴァ

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           印象うすいズビシュワヴァの肖像は発見できませんでした
                     二人目の妃シャロメアです

影うす〜い一人目の妃
ボレスワフ3世妃 ズビシュワヴァ・キョヴスカ

1085〜1114/在位 1107〜1114

ブワディスワフ1世のあとを継いだボレスワフ3世には
父王の一人目の妃とも愛妾ともいわれるプレゼクラヴァが生んだ異母兄ズビクニェフがいて
案の定、君主の座をめぐって争っておりました。

ズビクニェフのバックには神聖ローマ帝国がついてましたので
ボレスワフはキエフ&ハンガリーと手を組もうと考えまして同盟を結びました。
その際にキエフ大公スヴャトポルク2世の王女ズビシュワヴァと婚約し
1102年に結婚しました。
        
この方のエピソードといったら、王子ブワディスワフ(2世)を生んだことだけで
没年もはっきりしておりません。
ボレスワフが1115年に再婚しているので、1114年までに亡くなったと言われております。

がっかりしないで… 次の妃はパワフルですので。


子どものために(?)大奔走
ボレスワフ3世妃 シャロメア・ベルギェウ

1093〜1144/在位 1115〜1138

ボレスワフ3世の二人目の妃シャロメアはベルク伯ハインリヒの娘です。
母はフォーブルク辺境伯ディエポルド3世の姉か妹、あるいは
ハンガリー王シャロモンとユディタの王女ソフィアの孫と言われています。
ただこの説は否定的に考えられているそうです。
      
シャロメアの妹リキサがボヘミアのブラディスラフ1世と結婚してまして
ポメラニアまで領土を広げていたボレスワフがボヘミアと関係を築きたくて協定を結び
シャロメアとの再婚が決まりました。

前妃ズビシュワヴァは王子一人と王女一人を生んでましたが
シャロメアは13人のお子様を生みました。
      
前妃の子どもを可愛がったかどうかは不明だけど
人が生んだ子なんかかまってられないわよ! といったところじゃないかしら?

しかもシャロメアは子どもを育てるだけじゃなく
子どもたちの代理となってがんがん政治に介入しようとしました。
つまり、相続原理に従って前妃が生んだブワディスワフが王に就いて
我が子たちがそのおこぼれにあずかるなんて堪えられない!! ってことです。

シャロメアは力のあった宮中伯を辞職させ
反ブワディスワフ派のプファルツ伯を後がまに据えたりしています。
そんなことを許すなんて、ボレスワフはシャロメアの言いなりだったのかしら?

シャロメアの意志を尊重してか、自分の死後国をブワディスワフ一人に譲らず
子どもたちに分割して与えるようにしています。
各君主領土を拡大して自分の勢力を強めようと血眼になっているこの次期
ものすごーく浅はかな決断としか思えません。

シャロメアにも再婚しない、修道院に入らないという条件で領土が与えられました。
しかし、ちっぽけな領土では満足いかなかったとみえて
一応君主の座についたブワディスワフへの反抗を続けます。

味方を得るために、ブワディスワフへの相談は一切無しで
娘をキエフ大公フセヴォロド2世の王子スヴャトスラフと結婚させようとしました。
王家の結婚は政略ですからね… 君主を無視するとはけしからんことですよ。

ブワディスワフは速攻でキエフに働きかけ、この縁談は破談になりました。
代わりにブワディスワフの王子ボレスワフとフセヴォロド2世の王女が結婚しました。

野望は叶わないまま、シャロメアは1144年に領地で亡くなりましたが
その後彼女の王子ボレスワフが巻き返し、1146年に君主の座を手に入れます。

なんと! この時ボレスワフが手を組んだのは、シャロメアが追い出した宮中伯でした。
母親の頑固な意志を受け継いで立派に育ちましたね… と褒めるべきか…

その後二人の王子も君主になっております。
シャロメアのDNAを受け継いだ王子たち…
実の兄弟でありながらドロドロしそうな兆しですね。

ひとことK-POPコーナー
かわいらしいイメージも良かったのですけども、B.A.Pがワイルドになって帰ってきてくれてちょっと嬉しいよ
ヒムチャンが早くよくなるといいですね
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