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Channel: まりっぺのお気楽読書
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ボヘミア公ブラチスラフ1世妃 ドラホミーラ

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でたよ!鬼嫁
ブラチスラフ1世妃 ドラホミーラ

877 o r880〜934 or 936/在位 915〜921

ボジヴァイ1世の後を継いだのは、息子のスピチフニェフ1世でした。
しかし2年で亡くなってしまいます。
妃の名前がわからないんですけど、少なくとも息子が二人います。

               
            この方らしいです Jarmily Haldovéさん作

その後を継いだのは、スピチフニェフ1世息子ではなく、弟のブラチスラフ1世でした。
妃は、ドイツ方面のHevelliというところのプリンスの王女ドラホミーラでした。
当時としては晩婚なのか、20代半ばでブラチスラフ1世と結婚しました。
         

二男四女のお子様が成人しました。

921年に夫ブラチスラフが亡くなり、息子のヴァーツラフが継承するのですが
ドラホミーラは、義母ルドミラに政治から外されてしまいます。
ルドミラは、ドラホミーラの息子二人に敬虔な教育を施していて
息子二人もルドミラを敬っていました。

特に兄のヴァーツラフは、多大な影響を受けていました。
ドラホミーラは「姑が長男を修道僧みたいに育てちまって!!」と怒り心頭です。
そして、それほど影響を受けていない次男のボレスラフに愛情を注ぎました。

            
               憎々しげに姑と息子を見る…の図

そして、ヴァーツラフ1世が即位した後、テティーンに隠遁したルドミラを
なんと!家臣に殺害させてしまいます。 引退したんだから、もういいじゃないの〜
ヴァーツラフはドラホミーラを追放しましたが、925年に呼び戻されました。

その後はプラハでおとなしくしていたんでしょうか?
934年死去説と、936年死去説があります。

935年にヴァーツラフが暗殺されるんですが、これは弟のボレスラフの画策らいいのよね。

934年死去だと、息子たちの争いを見ずにすんでたってことですね。
936年だと、弟が兄を殺したことへの心労がたたったということでしょうか?
でも、ドラホミーラは本当に何もからんでいなかったのかなぁ… と疑ったりもして…

                
               Jarmily Haldovéさん作ドラホーミラ

ドラホミーラは、オペラの題材にもなっているそうです。
姑殺しの悪女、息子を奪われた悲劇の母、どちらで描かれているのか気になりますね。

(参考文献 Wikipedia英語版)

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感謝の気持ちでいっぱいです。 今日も精一杯応援して、一緒に楽しんできます

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