肖像画が無いのでお嬢様のマーガレット・メイド・オブ・ノルウェイを…
悲劇の女王の母
アレグザンダー3世王女マーガレット・オブ・スコットランド
ノルウェー王エーリック2世妃
1261~1283/在位 1281~1283
ウィリアム1世の後を継いだアレグザンダー2世には、庶子では一人、娘さんがいたようですが
王妃ジョアン・オブ・イングランドとマリー・ド・クーシーとの間には
王太子アレグザンダー(3世)以外に子供はいませんでした。
アレグザンダー3世は、スコットランドに一時的に復興をもたらした賢王です。
王妃マーガレット・オブ・イングランドには、王女マーガレットと
王太子アレグザンダーの一男一女が生まれています。
マーガレットは20歳の時に、13歳のノルウェー王エーリック2世に嫁ぎました。
これはアレグザンダー3世が、長年に渡るノルウェーとの抗争を終わらせて結んだ
平和条約の一環で、完全に政略結婚でした。
条件には、ノルウェー領だったヘブリディーズ諸島とマン島の、スコットランドへの譲渡
ノルウェーによる、シェトランド諸島及びオークニー諸島の支配の容認などがありましたが
エーリック2世とマーガレットの子供のスコットランド王位継承も含まれていました。
マーガレットは2年後に初めての出産で王女マーガレットを生みましたが
その後しばらくして亡くなりました。
その翌年に王太子アレグザンダーが嫡子の無いまま亡くなり
アレグザンダー3世も二人目の妃ヨランド・オブ・ドウリュウとの間に嫡子無しで
亡くなったため、マーガレットの娘マーガレットが、スコットランド女王として
即位することになりました。
マーガレットも22歳という若さで亡くなってしまいましたが
その娘マーガレットはさらに儚い人生でした。
本当に王様の娘として生まれることが幸せだったのでしょうか?
この母娘のエピソードだけ見ても、お姫様がハッピーな立場ではないような気がしてきます。
魔法にかけられるだけの白雪姫とか眠り姫が幸せ者に思えるよ…
(参考文献 森譲氏『スコットランド王国史話 Wikipedia英語版)
ひとことK-POPコーナー
昨日は楽しかったですよぉ。 ファンミならではしっとり系Boys Meet Uなんかも聞けちゃって幸せ!
でもって、今日はこれからさいたまスーパーアリーナに行ってまいります。 うふふ
悲劇の女王の母
アレグザンダー3世王女マーガレット・オブ・スコットランド
ノルウェー王エーリック2世妃
1261~1283/在位 1281~1283
ウィリアム1世の後を継いだアレグザンダー2世には、庶子では一人、娘さんがいたようですが
王妃ジョアン・オブ・イングランドとマリー・ド・クーシーとの間には
王太子アレグザンダー(3世)以外に子供はいませんでした。
アレグザンダー3世は、スコットランドに一時的に復興をもたらした賢王です。
王妃マーガレット・オブ・イングランドには、王女マーガレットと
王太子アレグザンダーの一男一女が生まれています。
マーガレットは20歳の時に、13歳のノルウェー王エーリック2世に嫁ぎました。
これはアレグザンダー3世が、長年に渡るノルウェーとの抗争を終わらせて結んだ
平和条約の一環で、完全に政略結婚でした。
条件には、ノルウェー領だったヘブリディーズ諸島とマン島の、スコットランドへの譲渡
ノルウェーによる、シェトランド諸島及びオークニー諸島の支配の容認などがありましたが
エーリック2世とマーガレットの子供のスコットランド王位継承も含まれていました。
マーガレットは2年後に初めての出産で王女マーガレットを生みましたが
その後しばらくして亡くなりました。
その翌年に王太子アレグザンダーが嫡子の無いまま亡くなり
アレグザンダー3世も二人目の妃ヨランド・オブ・ドウリュウとの間に嫡子無しで
亡くなったため、マーガレットの娘マーガレットが、スコットランド女王として
即位することになりました。
マーガレットも22歳という若さで亡くなってしまいましたが
その娘マーガレットはさらに儚い人生でした。
本当に王様の娘として生まれることが幸せだったのでしょうか?
この母娘のエピソードだけ見ても、お姫様がハッピーな立場ではないような気がしてきます。
魔法にかけられるだけの白雪姫とか眠り姫が幸せ者に思えるよ…
(参考文献 森譲氏『スコットランド王国史話 Wikipedia英語版)
ひとことK-POPコーナー
昨日は楽しかったですよぉ。 ファンミならではしっとり系Boys Meet Uなんかも聞けちゃって幸せ!
でもって、今日はこれからさいたまスーパーアリーナに行ってまいります。 うふふ