BELOVED
1987年、2004年 トニ・モリスン
『パラダイス』、『ジャズ』に続いて読んでみました。
早川書房のトニ・モリスン・セレクションの一冊。
私は、この作家の物語には、内容の好き嫌いはともかく静かに圧倒されます。
かなりのファンタジー性をはらんでいるのにまったく非現実を感じさせない…
不思議な魅力にどっぷりはまっていってしまいます。
いきなり “ 幽霊が棲んでいる家 ” という現実離れした設定から始まり
さらに実際には考えられない展開をする物語なのですが
なんと! 残酷で哀しい実話を下敷きにしているということです。
例によって舞台と時代が行ったり来たりで、語り手もどんどん変わるので
あらすじを追っていくのは相当難しい…
難しいから裏表紙の紹介文を肉付けするだけにします。
奴隷解放が始まっていた1850年前後のアメリカのオハイオが舞台になっています。
セサと娘のデンヴァーは、赤ん坊の怨念が渦巻く家で暮らしていました。
その赤ちゃんは、18年前にある事件で命を失ったセサの子で
その家に耐えきれなくなったセサの息子二人は、すでに家を逃げ出し行方も知れません。
ある日、その家にひとりの男がやって来ます。
セサと夫のハーレと一緒にスウィートホーム農場で働いていたポール・Dでした。
ハーレは農場を脱走する時にセサとはぐれてしまい、生死もわかっていません。
18年ぶりに会ったセサとポール・Dはその夜結ばれ
一緒に暮らすことになったポール・Dが子供の霊に打ち勝って追い出します。
けれども、18年ぶりに平穏を取り戻した家にいきなり若い女が現れ
そのまま居ついてしまいました。
彼女の名は “ ビラヴド(BELOVED)”
それは、セサが死んだ我が子の墓に刻んだ一文と同じでした。
彼女の登場が、これから平穏に暮らせそうだったセサとデンヴァー、そして
やっと巡り会えたセサとの将来を考えていたポール・Dの人生を狂わせていきます。
ビラヴドが何者かってことは書きませんけど、だいたいおわかりでしょうか?
物語の内容はこれぐらいにして、実話を紹介しますね。
1865年、追手に囲まれた逃亡奴隷の女性が4人の子供を道連れに死のうとして
まず3歳の娘を殺した時点で捕まるという事件があったそうです。
その女性がセサ、殺された娘がビラヴドのモデルとなっています。
物語の中でセサは、農場へ連れ戻されるぐらいなら死んだ方がましだし
子供たちもあんな目に遭うぐらいなら死んだ方が幸せだったと考えていて
自分がやったことは間違っていないと言い続けます。
どんな目に遭うかというと、自分や女の子は “ 交尾させられ ” て “ 繁殖に使われ ” て
男の子はバラバラに “ 売られて ” 行き、一生顔をみることができなくなる…
実際セサの母親もハーレの母ベビー・サッグスもそうやって生きてきました。
殴られ、脅され、跪かされ、反抗が過ぎれば首を吊るされるか黒こげに焼かれる…
連れ戻されるぐらいなら… と考えても不思議じゃないですよね。
たぶん、トニ・モリスンは史実をもとに足しも引きもせず書いているのだと思います。
奴隷解放に努め、脱走奴隷の世話をしてくれる白人や
どんなに白い目で見られても人として黒人を扱おうとする白人も登場させて
フェアであろうとしているんだと思います。
だけど、かなり引き込まれる物語になっているだけに、そして表現力が豊かなだけに
奴隷制に関係がない日本人の私でも「ああ、なんて酷い!」という思いが募っていきます。
たとえそれが当時アメリカで当たり前のことだったとしても…
戦争・侵略・虐殺… 人がおこした悲劇は語りついでいかなければならないと思う…
思うけど、どうやって伝えていくのか、ものすごく難しいですね。
淡々と語っているようでも、ある表現が人々を煽ってしまう場合があるだろうし
年数と計数だけを述べるだけでは悲劇の根本が伝わらないでしょう?
本人による経験談が一番効果的だとは思いますが
主観が勝ってしまうことがあってもけっしておかしくはないし
その後継者の話しとなると別人の主観が混ざることで違う色を帯びてしまう場合もある…
本当に本当に難しいですね。
と、いつになく真剣に考えてしまったわけですが
トニ・モリスンの、現実と虚構…というより幻想世界の絶妙なバランスを持つ物語を
またひとつ読むことができて、とても幸せでした。
ひとことゲームコーナー
ほしの島のにゃんこはモチベーションを下げつつ続けていますが、オノはまだしもツルハシって300本も使うのぉ?
しかもまだまだ出続けている… 使いみちがなく途方に暮れている今日この頃です
1987年、2004年 トニ・モリスン
『パラダイス』、『ジャズ』に続いて読んでみました。
早川書房のトニ・モリスン・セレクションの一冊。
私は、この作家の物語には、内容の好き嫌いはともかく静かに圧倒されます。
かなりのファンタジー性をはらんでいるのにまったく非現実を感じさせない…
不思議な魅力にどっぷりはまっていってしまいます。
いきなり “ 幽霊が棲んでいる家 ” という現実離れした設定から始まり
さらに実際には考えられない展開をする物語なのですが
なんと! 残酷で哀しい実話を下敷きにしているということです。
例によって舞台と時代が行ったり来たりで、語り手もどんどん変わるので
あらすじを追っていくのは相当難しい…
難しいから裏表紙の紹介文を肉付けするだけにします。
奴隷解放が始まっていた1850年前後のアメリカのオハイオが舞台になっています。
セサと娘のデンヴァーは、赤ん坊の怨念が渦巻く家で暮らしていました。
その赤ちゃんは、18年前にある事件で命を失ったセサの子で
その家に耐えきれなくなったセサの息子二人は、すでに家を逃げ出し行方も知れません。
ある日、その家にひとりの男がやって来ます。
セサと夫のハーレと一緒にスウィートホーム農場で働いていたポール・Dでした。
ハーレは農場を脱走する時にセサとはぐれてしまい、生死もわかっていません。
18年ぶりに会ったセサとポール・Dはその夜結ばれ
一緒に暮らすことになったポール・Dが子供の霊に打ち勝って追い出します。
けれども、18年ぶりに平穏を取り戻した家にいきなり若い女が現れ
そのまま居ついてしまいました。
彼女の名は “ ビラヴド(BELOVED)”
それは、セサが死んだ我が子の墓に刻んだ一文と同じでした。
彼女の登場が、これから平穏に暮らせそうだったセサとデンヴァー、そして
やっと巡り会えたセサとの将来を考えていたポール・Dの人生を狂わせていきます。
ビラヴドが何者かってことは書きませんけど、だいたいおわかりでしょうか?
物語の内容はこれぐらいにして、実話を紹介しますね。
1865年、追手に囲まれた逃亡奴隷の女性が4人の子供を道連れに死のうとして
まず3歳の娘を殺した時点で捕まるという事件があったそうです。
その女性がセサ、殺された娘がビラヴドのモデルとなっています。
物語の中でセサは、農場へ連れ戻されるぐらいなら死んだ方がましだし
子供たちもあんな目に遭うぐらいなら死んだ方が幸せだったと考えていて
自分がやったことは間違っていないと言い続けます。
どんな目に遭うかというと、自分や女の子は “ 交尾させられ ” て “ 繁殖に使われ ” て
男の子はバラバラに “ 売られて ” 行き、一生顔をみることができなくなる…
実際セサの母親もハーレの母ベビー・サッグスもそうやって生きてきました。
殴られ、脅され、跪かされ、反抗が過ぎれば首を吊るされるか黒こげに焼かれる…
連れ戻されるぐらいなら… と考えても不思議じゃないですよね。
たぶん、トニ・モリスンは史実をもとに足しも引きもせず書いているのだと思います。
奴隷解放に努め、脱走奴隷の世話をしてくれる白人や
どんなに白い目で見られても人として黒人を扱おうとする白人も登場させて
フェアであろうとしているんだと思います。
だけど、かなり引き込まれる物語になっているだけに、そして表現力が豊かなだけに
奴隷制に関係がない日本人の私でも「ああ、なんて酷い!」という思いが募っていきます。
たとえそれが当時アメリカで当たり前のことだったとしても…
戦争・侵略・虐殺… 人がおこした悲劇は語りついでいかなければならないと思う…
思うけど、どうやって伝えていくのか、ものすごく難しいですね。
淡々と語っているようでも、ある表現が人々を煽ってしまう場合があるだろうし
年数と計数だけを述べるだけでは悲劇の根本が伝わらないでしょう?
本人による経験談が一番効果的だとは思いますが
主観が勝ってしまうことがあってもけっしておかしくはないし
その後継者の話しとなると別人の主観が混ざることで違う色を帯びてしまう場合もある…
本当に本当に難しいですね。
と、いつになく真剣に考えてしまったわけですが
トニ・モリスンの、現実と虚構…というより幻想世界の絶妙なバランスを持つ物語を
またひとつ読むことができて、とても幸せでした。
ひとことゲームコーナー
ほしの島のにゃんこはモチベーションを下げつつ続けていますが、オノはまだしもツルハシって300本も使うのぉ?
しかもまだまだ出続けている… 使いみちがなく途方に暮れている今日この頃です