1947年 太宰 治
日本の小説の書き出しといえば、川端康成の『雪国』が有名ですが
私は『斜陽』の書き出しの方が印象的で好きなのです。
ちょっと書いてみますね。
朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ。」
と幽かな叫び声をお挙げになった。
この一文に惹かれて買った『斜陽』なのですが、読むにつれて気分
私は没落の物語はけっして嫌いではなくて、むしろ好きなジャンルなのですが
この話はどうも入り込むことができませんでした。
敗戦後、経済的に苦しくなった家庭の娘、かず子が主人公の物語です。
かず子は一度結婚したことがあるのですが離婚して
今は、貴婦人の典型のような優美で可愛らしい母と暮らしています。
父は亡くなり、弟は戦争で南方へ行ったきり行方知れずになっています。
東京での生活がたちゆかなくなり、伊豆の山荘に移り住んだ母子ですが
母の弟の和田の叔父からの仕送りもあり、編み物なぞしてみたり
食糧の足しにちょっと畑仕事をしてみたりして日々を送っています。
けれども、生活はだんだんきつくなる一方。
母は日に日に体が弱くなり、かず子は慣れない家事に追われ
和田の叔父からは仕送りが難しくなったと言われ
遊び人だった弟は、南方でさらに身を持ち崩して帰国し…と
お嬢様育ちのかず子の肩には、一家の生活と運命がのしかかってきます。
私はお嬢様育ちじゃないから知らないけどさ〜
日本のお嬢様は、淑やかで従順で風情があって、知性と美徳を兼ね備えている、だけど
Survive ! するための何かが、完全に欠落しているような気がしてならない…
勝手な印象だけを言っていますけどね。
海外の物語でも、没落して路頭に迷ってしまう主人公は少なくないのですが
どんな手を使っても生き抜こうとするメンタリティの強さとガッツが垣間見えて
主人公がこの世を渡っていけそうな気にさせられます。
でも、かず子のような主人公が路頭に迷ったその後は想像できない…生きていけなそう…
例えば(例えるのもどうかと思うが)『風とともに去りぬ』も没落のお話しですね。
スカーレット・オハラは、様々な困難にぶちあたって、なんとか打破しようと頑張るけど
ことごとく裏目にでちゃう、という女性でした。
どっちかっていうと、身から出た錆的な不幸が多かった気もするけどね。
でも最後まで前向きな女性でありました。
スカーレットが、方法はどうであれ、明日に向かってもがき、ぶちあたるタイプだとすると
かず子はおとなしく誰かを待っているタイプ?
私は、苦境にある女性が頑張って、幸せになって、あー、良かった!という話が
良いと言っているわけではありません。
しかし、かず子ったら、生きていく上で、どこかネジがゆるんでいる気がするわ。
かず子が遅ればせながらした決心もどうかと思うよ。
自分一人でもこれからどうなるかって時に、さらに読者を心配させるラスト…
和田の叔父も頭痛の種が増えるというものです。
たぶん、太宰治はうちのめされた女性が強く立ち直っていく姿や、
弱々しい女性が苦境をはねのけるために生まれ変わっていく様を
描きたいわけではなかったのでしょうね?
たしかに「もうどうでもいいや」と無気力になる時は少なくないですよね。
「なんとかなるだろう」と、立ち向かわないままやり過ごすことも多いしね。
そう考えると、『斜陽』は、なんだかんだ言っても無力な人間の
正直な姿が描かれているのかもしれないですね。
こちらの方が、リアルといえばリアルなのでしょうか?
でも、自分がこの立場におかれたら、かず子と同じ選択はしないと思うな… やっぱり
もう一篇の『おさん』は、以前書いたので割愛します。
ひとことゲームコーナー
ほしの島のにゃんこ、Androidはもう最新版にアップデートできるらしいんだけど、iPhoneはまだなのね〜
だから豆腐屋が手に入らないのよ〜! 音楽のダウンロードは上手くいかないし… IPhoneに変えなきゃよかったよぉ